8月に書いた、こちらの記事、たくさんの方にメールや直接、コメントをいただきました。Facebookでもずいぶんとシェアしていただいたようで、感謝です。
⇒ 「8月28日はハワイ移住記念日」
先日、福岡でブランチをした新しい友人と話している最中、パートナーとの出会いについて、自分がこんな風に語るのを他人事のように聞いていました。
「すごく混んだバーにいたんですけど、20メートルくらい離れて座っている彼の姿が、スポットライトを当てたように、ひとりだけくっきりと見えたんですよね。その周りのことは何も見えてなかった。」
彼もまた同じように、ものすごく離れているのに自分のことが見えていて、そしてその後、どちらからともなく近寄って挨拶しながら、瞬間的に、この出会いはいつもとは違うのかもしれないと思い始めていたのでした。
20年の間には、僕が1年間、日本に帰らねばならない時期もあったし、ロサンゼルスに単身で移ってしまったりしたこともありました。身体は近くにいたけれど、心の距離がずいぶんと離れてしまった感でいっぱいな時もあった。
でも、それでも、彼が他の誰かに心を移すことがあったり、自分が他の誰かと一緒になったりとか、まったくイメージできなくて、こちらも心配などしたことがないし、向こうも一度たりとも疑うことなどなかったと言います。
コミットしたからと自制しているわけでもなんでもなくて、別に普通に、自然に、考えもしないし、気も散らずにきただけなんですね。
それ以前の「関係」は、いずれも残念なものばかりだったりするので、自分がこんな風にひとりの人とずーっといられるようになったことが不思議です。100%、相手のおかげなんだと感謝しています。
「秘訣は何ですか?」
とか聞かれますが、正直、分かりません…。(というか、一度、別れているしw) もしあるとすれば、互いを信じることでしょうか。信じるに値する人なのかどうかってことが試されるのかな?
自分たちにとって、その出会いから、育んでいく過程までがとても貴重な体験だったんですね。偶然が偶然を呼んだことも一度や二度ではなかったし、まるで周りも含めて、ふたりが一緒にいられるように仕組んでくれたかのようなできごとが多かったのです。だから、ふたつの魂は、出会うべくして出会い、試されるべくして試され、今また、互いを受け入れようとしているのだと静かに思います。
人からはまったく見えない、強いつながり。なんでこの人何だろう?とお互いに思いつつも、一緒にいるのが自然なんですね。
昨年の暮れに 一度、別れた後、写真を整理していたら、トップに貼り付けたものが出てきました。ノースショアにある、小さな飛行機ばかりがある飛行場の真ん中辺り。スカイダイビングの拠点があるところです。
僕らはモクレイアまでマウンテンバイクを2台積んでいっては、この辺りまで自転車を楽しんでいました。毎日曜、行っていた時期もありました。マラソンの練習したくて、土日の貴重な時間をこのために…とイラっとしてしまった時期もありましたが、来てみれば、静かで、のんびりして、そして素晴らしいエクササイズにもなり、大好きな週末の過ごし方でもありました。
とくに、途中のこの木陰の休憩が好きだった。のんびりと空を見ながら休憩する彼の横で、あれもしたい、これもしたい病で落ち着かない自分は、あちこち写真撮ったりして過ごしていました。空へと登る飛行機を見つめ、やがて落ちてくる空からのダイバーを見つけては指をさして追いかけ。
ああ、こんな何気ない日常が、実は自分にとってかけがえのないものだったんだと気づき、涙があふれて止まりませんでした。嫌いで別れたわけじゃなかったですからね。
今度のハワイでは、またここまで行こうかな。