Facebookでシェアされるビデオクリップや記事には、無視すべきものも山ほどありますが、中にはお宝コンテンツも混じっているので見過ごせません。
これもそのひとつ。
「Never say “Can’t”」 ⇒ できないなんて、絶対に言わない。
写真左側の女性は、ジェニファー・ブリッカー。
椅子に正座しているのではなくて、生まれつき足がありません。ただ、それ以外は健康に機能していて、元気そのもの。子供の頃から、上半身を引きずりながら、手で素早く走ったりしていました。
彼女の憧れは、体操選手のドミニーク・モチアヌ(日本語ではモセアヌと表記するようですが、発音はモチアヌです)。1996年のアトランタオリンピックに14歳で出場し大活躍した選手です。
彼女のように、自分も体操をやりたい!と、トランポリンを使ってバク転の練習。そして、見事に体操選手になってしまうのです。足がないのにどうやって?と思うでしょうが、それはぜひビデオをご覧ください。バスケットも野球もやっていますよ。
そしてさらに驚愕の真実が分かるのですが、ネタバレになるので、一応、ビデオの後に書くことにします。
16歳の頃、自分が養女だと知っていたジェニファーは、両親に聞きました。「ところで私の生みの親はどんな人なの?」
絶句したのは育ての両親。実は、彼らは本来は素性は知ってはいけないはずの契約。でもたまたま知ってしまい、「外国人みたいな名前」で記憶に残ったのだとか。彼らの姓は、なんとモチアヌ。
オリンピックでドミニーク・モチアヌを目にした時に、真っ先に思ったのは、こんな珍しい名前がアメリカに他にいるんだ、ということ。しかしその後、カメラが映しだした両親の姿を見て、あ、ジェニファーの姉なんだ、と知るのです。
それからずっと秘密にしていたのですが、ジェニファーには知る権利がある。もう大人だし、と打ち明けます。
数年後、ジェニファーは姉に手紙を出しました。その手紙は、不幸な少女時代を過ごした姉に、さらに追い打ちを掛けるような人間不信の種となるのですが、それでも、足もないのに体操選手になったり、アクロバットをしているという妹への興味、そして感嘆が勝るのでした。
もうひとつ、別なビデオがありました。2年前、少女時代の父親からの虐待や、体操選手になるためのプレッシャー、そして知らされることもなかった妹の存在などをまとめた自伝を出版したドミニークをドキュメンタリー番組が追いかけました。彼女の側から見たストーリーが語られて、こちらも興味深いです。
できる、とか、できない、とか、勝手に決めつけてはいけませんね。上の番組でもジェニファーが盛んに言ってるのですが、育てられた環境が本当に良かった。自分はギャンブルでジャックポットを当てたようなものだったと。それほど、環境って大事なんです。
錦織選手がアメリカで鍛えられたのは、肉体や技術だけではありません。マインドセットを教えこむ学校なんですよね。セルフイメージを高め、自信を植え付け、「できる!」と思わせるトレーニングが秀逸。だから優秀な選手が続出するんだ、と創始者さんもインタビューで話していました。
うーむ。「Never say Can’t」ですね。自分にも刻み込まなくては。