ライフコーチを受けてくれている日本在住のアラサー男子から、良い質問がありました。
近い将来、起業をしたいと希望している彼に対して以前、「会社にいる内に学べることっていっぱいあるよ」と話したのですが、それが具体的に何を意味しているのかが分からない、と。
確かに、大手企業に勤めている彼の場合など、あまりの規模の違いに、いったいここから何を学べるものかと途方に暮れてしまうのも分からないではありません。
そこで、独立や起業を前提にしている方々に、「今の会社から学べること」というテーマで、10個ほど思いつくままに並べてみました。
ウェブにあふれる同様の記事を調べると、「どう働くか」とか「どう実力をつけるべきか」という視点からまとめられたものが多いようです。ここでは、もう少し具体的に、会社を運営していく上で、即、役立つであろう項目をピックアップしています。
自分が社長になった時、「会社」という場所で働いてきた経験は、とても参考になりました。見本となるものを体験して真似すればいいのだから、最初のハードルが低くなります。
経営者の集まりでは、会社で雇われた体験がないままに起業した人たちもたくさん見てきましたが、やはり基礎となるストラクチャー(構造的な土台)作りが、今ひとつ苦手なように見えました。ビジネスが大きくなって、家業から企業へと脱皮していくのにも四苦八苦。
家業の良さもたくさんありますし、あえて従来型のストラクチャーを否定したところから始まる、新しいカタチの組織づくりもあるとは思います。
ただ、最初は「真似る」ということからスタートして、だんだんと自分らしさを加えながら、オリジナルなものを創造していくのが、一番早いのは間違いのないところでしょう。
「守破離」ですね。
では、前置きはこのくらいにして、「起業や独立をする前に会社で学んでおくべき10の事柄」を以下に説明いたします。
1.組織図を入手し各部署の役割を書き出す
従業員の頃は、その存在を気にもしないかもしれない会社の組織図。
経理や人事、営業、マーケティング、技術、リサーチ、カスタマーサポートなど、様々な部署が存在し、ひとつひとつが、さらに細かな部門に分かれています。
その全体像をまずは手に入れます。会社が小さめで、もし社内に用意されたものがないのであれば、自分で見よう見まねでいいから描いてみます。(パワーポイントの組織図ツールよりも、はるかに柔軟性のある手書きがベストです。どうでも良いことに時間をかけるのは止めましょう。)
小さい組織ではひとりが何役もこなしているケースが多いものです。管理の方がひとりで経理、総務、人事のすべてをこなしているというケースはごく一般的です。が、ここでは、「役割」を部署として分け、ひとりの人の名前がいくつもの部署に書かれてもOKとします。
目的は、「どんな役割が会社を運営する上で必要か」を知ることです。
部署名をすべて図に落とせたら、各部署が、どんな役割を担っているのかを、できるだけたくさん羅列していきます。
自分が働いている部署以外は、何をしているのかさえ知らないことも多いものです。だからこそ、重要なのです。できれば、部門で働いている同期などをつかまえて、詳細に話を聞いてみると良いと思います。
大きな組織は、部門がいくつにも細分化され、さらに分業化も進みますので、何人もの人に聞いてみないと、全貌はなかなかつかめないかもしれませんが、ここでは「基本」だけ把握すれば大丈夫です。
あなたが独立して、いきなり1000人の会社の社長になるわけではありませんから。
起業しても、最初の頃は、ひとりで全部の部署の役割をこなすことになります。
営業しながら請求書を起こし、支払いの確認をし、自らも経費の支払いをする。必要な備品を切らさないように管理し、小さいながらもオフィス環境を整えなくてはなりません。
集客のためにマーケティングをし、興味を持ってくれた人に営業活動をする。どんな商品が売れるのかのリサーチも必要です。競争力のある商品を生み出すために、スキルを磨き、技術を買い、商品開発力を身につけていくことも重要です。
人を雇ったら、ここに人事部の役割がガツンと入り込んできます。これ、最初の頃はかなり重く感じます(笑)。
ああ、会社で働いていた時は、周りの皆が全部やってくれていたんだなあ、仕組みができあがっていたんだなあ、と納得すると思います。管理部門って、地味だけどなくてはならない潤滑油だったんだなあと思い知ることも多々あるでしょう。
今、見れる内に会社の中身をじっくりと研究して、どうやったら日々の業務が円滑に回っていくのかを実感しておきましょう。
2.社是、社訓、経営理念を知る
ほとんどすべての会社には、経営理念が存在します。
その重要性や、社員への浸透度合い、日々の業務への結びつけ方は、会社によって異なるでしょうが、社員の「共感」や「忠誠心」を呼び起こし、ふたつとない独自の企業文化を造り上げていくのが経営理念です。
オーナー社長であるあなたのビジネスに対する思想や価値観がきちんとした言葉になって明文化されていることは、とても重要です。
そして、それらを市場に向けて明確に宣言すると共に、従業員に対しても理解を促進する努力をし続けなくてはなりません。
後になって経営理念を考える上で、今、働いている会社の理念って何だっけ? それはどこに書いてあって、どんな思いが込められていて、社員に対して、どんな風に啓蒙活動を行って結びつきを強化しているんだったっけ? ということを注意深く見ておくのは、ひじょうに参考になります。
もし、今の会社に言語化されたフィロソフィがないのであれば、「もし自分が社長だったら、こんな理念を掲げるな」と、ケーススタディとして取り組んでみるのも学びとして大きいはずです。
「社長(や主要幹部)が大事にして、いつも我々に言ってることって何だっけ? トップの人たちのこだわりってどこにあったっけ…?」
もしいつも言われている口グセのような言葉や、お小言に必ず出てくるセリフがあるのなら、それはきっと会社の価値観ですし、理念に近いものかもしれません。案外、素朴なところに、鍵は隠されているものです。
経営破綻に陥った日本航空は、稲盛和夫氏が参画して、徹底したフィロソフィ教育をしたことから、急速に業績を回復。2年後には大きな黒字を出すことに成功しました。会社の体質改善は、フィロソフィを徹底することで、実はこんなにもスピーディに行うことができ、そして業績アップへの効果が絶大なのだと、世に示してくださった例です。
参考「稲盛和夫氏が語る経営哲学 ~経営にはなぜフィロソフィが必要か~」(数分間にまとめられたビデオです。)
3.就業規則を読み込む
社長になるということは、就業規則を作る人になる、ということでもあります。
価値観の多様化した現代社会では、一定のルールを作って、それを浸透させることは重要です。何よりも「公平感」を生むために、それは必要なのです。
訴訟の多いアメリカ社会では、リスクを避けるために、必ず入社と同時に就業規則を渡して重要なパートを説明。そして、「確かに受け取りました」という受領書にサインをさせて、取っておけと人事コンサルタントからアドバイスをされます。
著しく態度が悪かったり、規則違反が多くて解雇をしなくてはいけなくなった時に、「そんな規則のことなんか聞いてません」と開き直られないための予防措置なのです。
会社員時代に縛られた気持ちになった反動から、自分が会社をやったら、規則なんてなくして自由にさせてあげたいなあ、と思うのも分かりますが、常についてまわるのが「公平感」をどう守っていくのかということです。
あの人はOKだったのに、なぜ私はダメなのか?
そんな疑問にきっちり答えられるかどうか。エコひいきではなく、説明のつく理由からそうしたのだ、と言えるかどうか。
公平感がない、と思われた時に、リーダーの信頼はガタ落ちになります。
規則でガチガチにしろ、というのではありません。自由を奪う、ということでもありませんが、従業員は実はルールがほしいのです。「正解」を示すスタンダードを求めています。
法的なルールに則った規則を書面で共有することは、小さな会社だからこそ、多大なメリットがあります。
大会社にお勤めの場合、今の就業規則は分厚過ぎて、そのままでは使えないかもしれません。規模によって、守るべきコンプライアンスや要求される社会的責任のレベルも違いますが、ひな形として使えるものは多々含まれているはずです。
多くの中小企業の経営者にとって、最大の悩みは「人」です。大きな会社ほど、労務士などの専門家にお金を支払って作ってもらった就業規則を持っています。 まずはコンプライアンスに則った立派な就業規則から、労働法の基礎を学んでみましょう。
4.教育体制やトレーニングマニュアルを知る
社長にとって最も大事な役割のひとつは、人材を育てるということです。
ひとりで何役もやりながら事業を大きくしていくわけですが、ひとりでできることには限界があります。自分が病気をしたり、倒れたりした時も、きちんと事業が回るように人を雇って、タスクを移譲し、権限を渡して、責任意識を育てていく必要があります。
最終的には、自分しかできないことをなくし、誰もができるように仕組み化をしていかねばならないのです。
さて、では今の会社は、それをどんな風に実現してきているのでしょう?
10名以上の規模の会社ならば、なんらかの仕組みがあり、新しい社員を教育する方法と教材(マニュアルなど)があるはずです。
自分が入社した時に、どんな研修があったか。どんな素材を渡されて、どんな人が何を教えたか、思い出してみましょう。
部門に配属された時、今の仕事を誰にどう教わったか。継続的なレベルアップのための教育システムはどうなっているのか。昇進して、次のステージに上るために、どんな試験があり、そのための勉強やトレーニング法は、何が用意されているのか。トレーナーとなっているのは誰で、どの部署に所属し、どんな思想や理想から、それらは生まれているのか。
仕組みというと大げさですが、マニュアルはもとより、チェックリスト、フローチャート、フォームなど、それに沿ってタスクを進めていけば、誰もが間違いなく、一定のクオリティで業務を完了できる「ガイドツール」と考えると分かりやすくなるでしょうか。
たくさんの人を使っている組織ならば、必ずこれらが上手に活用されています。
どんな時に、どんなツールを使って、省力化と質のキープを同時に達成しているか。目を光らせてみてみてください。
今の現場が、今ひとつ仕組み化が苦手な場所ならば、仕組み化できるところはないかどうか、人の仕事にも首を突っ込んで、探してみましょう。自ら「仕組み立案係」を買って出て、組織を改革していくのも実践練習に最適です。
いずれ辞める会社です。遠慮せずに、どんどん出しゃばって改革のリーダーになってしまいましょう。
未来の起業家ならば、出る釘になって叩かれるくらいでちょうど良いはずです。
5.会社の数字を知る
大きな会社では、会社の売上や利益が遠い存在となり、自分や部門の成果だけを見て働くようになってしまうものかもしれません。営業にいればまだしも、その他の部門にいると、会社の数字をまったく意識することなく、仕事に向き合うことも可能です。
しかし、独立して事業を起こすということは、経済活動を営むこと。一瞬足りとも、収支を意識しない日はないと言っても良いでしょう。
ですから、なるべく早い内から、損益計算書や貸借対照表に触れ、見方を覚えておくことをおすすめします。
上場企業は当然の義務として数値を公表しますが、非上場会社は社員にも財務数字を明かさないところも多いです。その場合は、業界の大手を見てみるなど、工夫すると良いでしょう。
私は社員全員に経営者意識を持ってほしかったので、かなり早くからマネージャーにはProfit & Loss(損益計算書)を見せていました。後から、「ガラス張りの経営」と言う言い方で、前出の稲盛和夫氏も奨励していることを知り、間違っていなかったのだなと分かりました。数字を共有するようになってから、マネージャーたちに「コスト意識」が芽生え、意図していた通りの収穫がありました。
大きな組織で働いていると、無駄な経費を使うことにも無頓着になりがちです。
必要のないコピーを取ったり、モノクロで十分な資料をカラーでプリントしたり、ホチキスでいいのにダブルクリップを使ったり、フォルダーやバインダーを贅沢に使ったり。同じペンやマーカーが何本も重複してペン立てに刺さっていたり…。どうでも良いメモにポストイットを平気で使っていたり…。
社員は、それらがいったいいくらか知らないで、無邪気に管理部門にオーダーしてくるものですが、フリーになったり、小さな会社を始めてみると、文房具の意外な高さにビックリすることでしょう。
平社員の頃は、経費がいっぱい使える身分に早くなりたいな、と憧れたりするものですが、独立したら真逆の状況が待っています。
今の会社の財務数字を知り、部門の収入、コスト、利益をじっくりと分析してみたり、もしそれらが非公開なのであれば、文房具や名刺、コピー、プリント代、パソコン、インターネット、駐車場など、会社の「経費」についての実数を調べてみて、自分が会社を運営するようになったら、どのくらいの経費がかかるものなのか、リアルに考えてみると良いと思います。
経費の無駄に加えて、人の無駄(余計な人員)、プロセスの無駄(周りくどい、二度手間)、会議の無駄(無駄な会議)なども、じっくりと各部門を見てみて、発見する訓練を積んでおくのもオススメです。
皆、無意識なのです。それを「意識的に」見つめるだけで、実にたくさんのことが見えてきます。
経営者の毎日は、数字とのにらめっこです。
ボトムラインと呼ばれる経常利益を、どうしたらあげられるか。それは売上を最大化して、経費を最小化する他ありません。今の内に、会社のお金の流れがどうなっているのかを多少なりともリアルな気持ちで見つめてみるのは、決して損にはなりません。