昔、ロサンゼルスに引っ越そうと思うんですが、
という方が、お茶してください、って
Facebook経由でリクエスト来たので、
共通の知人もいるしなあ、とお会いしたのですが、
やはり内容は、100%、その方の「相談」。
しかも、住心地は〜、とかじゃなくて、
ロサンゼルスでの仕事の相談…。
すっかり無料コンサルになってしまいました。
途中から、あ、しまった…と思ったのですが、
当時、私はまだまだお客さまに飢えていて、
これが仕事のきっかけになるならば、という
淡い期待もあったんですよね。
似たようなケースはいくつかあったけど、
お金になったことは、ほぼなかったなあ。
相手が友だちだとしても、結構、気をつけないといけなくて、
「お茶しましょう〜」って言われていくと、
95%の時間、ビジネスコンサル的な相談ごとで終わったりもする。
こういうこと、仕事でやってるの知ってるくせに〜
こっちだって、さんざんお金と時間かけて、学んできたのに〜
という心の叫びを我慢して会ってても楽しくないな、と思い、
断る機会が増えたりもしました。
存在価値を無視されたようで、悲しくもなります。
しかもお茶もご飯も当たり前に割り勘だったりして、
俺、何やってんの、と、虚しさを通り越して、
軽い怒りさえわいてきたり(自分への、も含め)。
持ちつ持たれつ、の反対側が思いつかないから、
利用されちゃった、みたいに感じたのでしょうね。
あちらは、当然、「持たれつ」があれば、
喜んで助けてくれただろう、とも確信しています。
だから、たまたまそういう時期で、そういうトピックスだった、
というだけなんだけど、小さな自分、です(涙)。
でも、もわっとしちゃう理由がもうひとつ、実はあって、
そういう風に無料相談を気軽にする人たちに限って、
結局、人のアドバイスなど聞きゃあしない
って、ことがあったのだと思います。
自分に合わないとか、もっとすぐに結果が出るやり方はないのか、とか、
楽な近道ばかりを、実は追っている。
商品にしても、自分が良い、と思うものをゴリゴリと押すばかりで、
決して、求められる形に変えようとはしなかったり。
言いながら、お前もやん〜って痛くなってきますが(涙
はい、すべては自分への学びですね。
最近も、とあるセミナーの、とある講師さんが、
「アドバイスをしても、実際にやる方は、
ほとんどいません!」
と言い切っているビデオを見てて、
ぶんぶん、うなづいたばっかりでした(笑)。
その先生のお話には気づきが無数にあったので、
こつこつと始めてみたりもしています。
人間、いくつになっても、学びでございます。
学ぶとは、「変わる」ってことだよな、とも実感する
58歳の冬なのでございました。
↓