ピリピリカリカリギスギスの原因になっているのは、がんばり過ぎの自分かも

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がんばるのはいいと思うし、必要なことだと思うのですが、方向性をまちがったり、がんばり過ぎといえる状況になると、いろいろと弊害が起こるようです。

初めてのクライアントさん(アラフィフ女性、日本在住)とのセッションで、バブルの頃に流行った「くれない族」という言葉を思い出すような不満の爆発がありました。

「本当に自分の周りの誰も、私のがんばりを見ていてくれない。わかってくれない。ねぎらってくれない。こんなに頑張っているのに~」

肩が鉄のように凝り固まってしまって、電車で30分くらいかけて下町の安い中国人経営のマッサージ店まで行って、100分ほぐしてもらったんです、とか、ユーモアたっぷりに話してくれて、こちらはやたらと楽しかったりするのですが、笑ってる場合でもなさそうです。

なぜ、そんな遠くのマッサージ店へ行くのか?というと、「安いから」。とにかく長くやってもらいたいので、激安な場所に行きたかった、と。

フルタイムで働いているのに、本当に人に尽くしまくっていて、家族のために、朝晩と豪華な食事を作っていたリします。

お掃除のプロを頼むのを親御さんが嫌がるからと、イライラしながらも自分で床の拭き掃除をしていたり。

ご主人も良いお仕事につかれていて、経済的に困ってはいないのに。

そう、経済的には困っていないので、わざわざ激安マッサージ探して行くこともないのです。

なのに、どうしても、自分はいつも二の次になってしまう。

自分を優先させること、贅沢させることに、どうしても「罪悪感」がつきまとうんですね。

こんなにやってあげているのに!

こんなに必死にがんばっているのに!

詳細は割愛しますが、同じ言葉が職場に対しても、繰り返し、使われました。

でも、どれだけお話しても見えないのが、家族や周りの人は、いったいどんだけのわがままを言っているのか、ということでした。

そこを尋ねてみると、どうやら誰も何も要求もしていない。

 …あれ?

誰一人、わがままを言っている人などいない。

 …おやおや?

冷静に聞いていると、どうしても、これは彼女の「ひとり相撲」にしか思えません。

やってあげてるのにぃ~~とキリキリっとなって、肩がコリコリっになっているのですが、自分が自分に強制しているだけで、実は誰からも望まれてはいない様子。

彼女も、ふと、気づいて思い出しました。

「今朝、父の部屋を掃除に行く際に、アタシ、ぶつぶつと独り言を言ってるんですよね。『がんばらなくちゃ、がんばらなくちゃ』って…。わ、アタシ、怖~って自分でゾッとしてしまいました」

ふむふむ。

食事の内容も、ひとりだと一品、適当にあれば良いのに、ご家族には最低3品、できれば5品、買ったものではなくて、すべて手料理でお出しするのが常だとか。

買ったものは手抜き。自分でそう決め込んでいて、してはいけないこととして、自分に禁じているようです。

「でも、そんなの誰もわからなくないですか?」

「そうかもしれないけれど…」

けれど、自分が許せない。そういうことなんですね。

だから、やっぱり、ひとり相撲。

皆が本当に何を望んでいるか、わかりますか? 聞いてみたことありますか?

働いているのでたいへん、という事情があるならば、そこは相談して、役割分担とかお願いしてみた、なんてことはありますか?

週に何日かは、オフの日を作って、母親業(お父さんに対しては亡くなったお母さん代行業)をお休みさせてもらうなんてこと、考えたことありますか?

もちろん、答えはすべてNOです。

じゃあ、この一カ月、それをやってみませんか? そう提案しました。

予定をかなりオーバーしての初セッションでしたが、終わる頃には、彼女の中に、「どうやら自分が自分に義務を課して、キリキリさせていただけなのか」ということが、少しずつ分かり始めていました。

そんな風に、ピリピリ・カリカリ・ギスギスのお母さんでは、お子さん(もう大人)だって辛いですよね。

案の定、お父さん(もうご高齢、独り身)に対して厳しいトーンで突っかかる彼女を、娘さんたちが咎めたりもしている様子。

ちょっとかわいそうな孤軍奮闘。報われないことに努力して、虚しい努力がカラカラと空回りしていますね。

大好きな趣味に時間を割くことを自ら禁じているというのに…(涙)。

自分が決めた、自分が理想とする模範生を演じようとして、間違った方向にがんばり過ぎちゃうと、自分ももちろん苦しいですけど、周りも結構、迷惑なものだったりするんですよね。

そもそも、そんな努力、頼んでないし、と(笑)。

ここはひとつ、確信犯の手抜きをして、自分のことを優先して考える時間を持つこと。

自分が自分を大事にしなければ、他の人もしてくれないのです。

誕生日を祝ってくれない、と残念そうに言っていた彼女。

まずは自分で自分のバースデーを、思い切り祝ってあげてはどうでしょう。

激安マッサージじゃなくて、ちょっと豪華なホテルのスパ体験をして、全身トリートメントを半日くらいかけてしてもらうとか。

ひとり旅行で温泉でも使って、何にも気を使わずに自分の好きな趣味に没頭するとか。

頭の良いクライアントさんだし、その後、何度かいただいているメールを読んでも、すでにハッと気がついて行動パターンを変えていっている様子です。

今までの無意識のパターンから抜け出すこと。

そして、周りに「何がほしいか」聞いてから、適宜、必要とされる分量のことだけをしてあげること。

罪悪感を感じないで、自分最優先で、程よい手抜きをすること。

そうすれば、毎日はもっともっと楽で、楽しいものになっていくのだと思います。

そういう私も、相当、がんばり過ぎて、肩肘張って、「報われない」と嘆きまくっていたひとりです。

まだまだ、同じことをやってる自分に気づいて、ハッと動きを止めることも多いです(苦笑)。

これは、単に自分がやりたいからやっていること。

少なくとも、落ち着いて、そういう意識が持てれば、苦行でも強制でもなんでもなく。ちゃんと選択になっていきます。

せっかく良い季節に、自然の豊富な場所に住んでいるのだから、何もせずに公園でのんびりするような贅沢も味わわせてやらないといかんですね、自分に。