アメリカンドリームは生きているか。「僕も起業家です」とスーパーのレジで青年が言う

アメリカの起業家

混雑した金曜午後のホールフーズ。自然食品のスーパーにも関わらず、巨大な店内。7つくらい開いているレジはどれも長い列だ。

自分の番が来る前の暇な時間に買い物をさせようと、レジ周りには興味を引くような雑誌がいっぱい並んでいる。どんな雑誌が並んでいるかはスーパーの性質に大きく左右されることで、安い店だと芸能ゴシップ紙。ここは一応「意識の高い系」の人が来る店ということになっているので、ベジタリアン料理のレシピ本とか、健康や美容、フィットネス関連の雑誌が多い。

そしてなぜか、起業家や経営者のための雑誌も置いてある。

真っ赤な表紙が目に止まって、つい手に取ったのが「Entrepreneur」(起業家)という人気雑誌。来年はこれが来るというトレンドを特集した号らしい。人の変化、消費の変化、経済の変化。それを肌感覚で分からなければビジネスの成功などないと思っているので、グッと惹かれて買い物かごに入れる。

さて、自分の番が来て、レジの青年がにっこりと微笑みながら、快活にお決まりの挨拶をしてくる。20代半ばだろうか。彼は僕が最後にかごに入れた雑誌を見つけて、「あなたも起業家ですか?」と聞いてきた。

こんなところで人生のストーリーを聞かせてもしかたがないので、一番短いバージョンで答えることにする。

「そうだよ、ライフコーチをやってるんだ。セミナーしたり、セッションしたり、ネットでいろいろ配信したりね。」

彼はグッと前のめりになって、「ライフコーチかあ。僕も早く儲けて、あなたみたいなライフコーチにつきたいよ。僕も起業家なんだ。」

レジ係をやっているのは一時的なことなんだと言いながら、屈託なく笑う彼。その笑顔には希望が満ち溢れていて、こちらまで明るい気持ちになってくる。

「どんなビジネスをしてるんだい?」と聞くと、彼は待ってましたとばかりに答えた。

「ネットワークビジネスだよ。◯◯の。」

彼が関わっているのは、おそらく世界で最も有名で最も大きなネットワークビジネス・ブランドだった。

そっか、お互いに頑張ろう、と言って、なぜかレジ係と握手までしてしまう。不思議な体験。

彼の人懐っこさや、簡単にはへこたれなさそうな前向きな印象だと、意外に成功するのかもなとも思えた。彼の扱うブランドの製品は、もうとっくに世界に行き渡っているようにも思えるけれど、また新しいジェネレーションが、新しいネットワークを築いていけば、可能性は無限大に広がっていくものなのかもしれない。何事も先入観は禁物だ。門外漢の僕がジャッジメントすべき問題じゃない。

メキシコ系らしき顔立ち。そこで名札をしっかり見て、名前で呼んであげたりすると、自分もなかなかの人物っぽく見えるのだろうけれど、いくつになっても、そういうすばしっこいことはできないでいる。

俳優の卵や、放送作家の卵、シナリオライターの卵、歌手の卵、モデルの卵、そして事業家の卵。

いろんな人がいろんな夢を見てハリウッドに集まってくる。成功したら、ビバリーヒルズの丘の上に豪邸を建てて住む。僕がいるのは、そんな街の一角なんだとふと気づく。

皆が夢を見ているこの街で、やっぱりもう少し暮らしていたいよな。そんな思いが日に日に深まっていくようだ。

そういえば、マドンナがハリウッドに関する歌をアルバム「アメリカン・ライフ」で歌っていた。精神世界への関心を強め、内省的になった頃の彼女が、風刺や自虐や自戒をこめて世に出した2003年のアルバム。大好きで良く聞いたのを思い出した。

「ハリウッド」