Facebookの創始者マーク・ザッカーバーグ氏が持てる株の99%を寄付するという発表をして、世間を驚かせています。
それに対して、税金逃れなんだから、驚くことじゃないかという人もいるようですが、誰がどんな風に使うかコントロールできない税金として収めるのではなく、自分でコントロールできる「基金(ファンド)」あるいは「財団(ファウンデーション)」という有益な形で運用できた方が良いのは当たり前ではありませんか。
それらは社会的に使われなければ、税金免除にはならない仕組みができています。何でも寄付すればいいわけではなく、厳しい審査に通った特別なカテゴリに属する団体に寄付して、はじめて税金控除の対象になるのです。
アメリカ社会には、お金を持つ人が社会へ還元する仕組みが、ちゃんとできあがっているということなんですね。
そういう社会に20年以上もいると、こちらもやはり奉仕精神がしっかりと芽生えます。
かつて社長時代には、会社のイベントやビジネスの一部をチャリティにして、環境団体に寄付をしたり、ということもしてきました。
なかなか周囲の理解を得るのはたいへんでした。とくに、日本の関係各位は、いろいろな意味で、慣れてないんだな、と思われることが多発して、消耗したことも。
幸いなことに読者や、ハワイの皆さんには強烈に支持していただいて、その時、「あ、ブランドができたんだな」と体感したのを覚えています。
個人としても、ここ10年くらいは幾ばくかの寄付を習慣にしてきました。
いつしかリストが出回り、ありとあらゆるところから寄付のお願いが舞い込んでくるようになって、いいんだか、悪いんだか(苦笑)ということはありますが、残念ながら、すべての方に差し上げられるわけではないので、こちらもじっくりと選んでの寄付となります。
私の場合は、できれば自分が関わりたいけれども、時間の制約もあってできないことを、代わりにやってくれているのは誰なのか、という視点で寄付先を吟味しています。
寄付とは少しずれますが、私の知っている心の裕福な方々は、チップでさえも、とても寛大です。
それでウエイター/ウエイトレスさんが生活をまかなっているのですから、けちる理由もありませんよね。
サービスがひどい、と、罰則のようにチップを減額したりするのも、私自身は目にしたことはありません。
逆に、サービスが良かった、この人は好きだな、この店はいいな、そう思ったら、20%以上、すっと平気でチップを残したりします。
別に、金持ちでも何でもない人にそれをやられると、1円、2円にこだわる自分が恥ずかしくなり、「お金」というものについての意識が変わっていくのを感じてきました。
ロサンゼルスには、お金持ちがたくさんいらっしゃいます。
カリフォルニア・サイエンス・センターのスペースシャトルの展示は、無料で誰にでも開放されていて、この場所へ運んでくるための費用やら何やら、一切合切は、寄付金で賄われています。
展示場の壁には、ちゃんと寄付した個人、団体の名前が刻まれています。
私立の学校なども、もちろんそう。寄付した方の名前がプレートに刻まれて飾ってあるのをみると、名声(あるいは名誉欲)のためにとか言われがちなのですが、これは、この社会なりの「Win-Win」な仕組みであって、非難するのはお門違いです。
役立てたいお金を持っている人がいて、ほしい人がいる。だったら、それを上手に架け橋してあげれば、社会はきれいにまとまっていきます。
限られた予算で、すべてに手が回らない政府としては、民間同士でお金が回れば、それで万々歳。皆にとって、Winなわけですよね。
そもそも、ちゃんと審査して、社会のためになる、公に開かれたNPOである、と認定されたところだから、税金控除の対象にしているわけです。けしからん、と言う筋合いでは全然ありません。
行きつけのウエスト‥ハリウッドの図書館も、税金がたっぷりあるから豪華なのではなくて、寄付金がたっぷりと出ているから、とんでもなく立派な施設ができたのです。(上の写真)
私がもっともっと関わっていきたいと思うLGBT関連のこととか、サポートしている団体がたくさんあります。ロサンゼルスだけでも、3つも4つも大きな団体がある。
いずれも、寄付で大きな資金を得て、力強い活動をしていますし、無償でさまざまなサービスを提供しています。
お金があれば、社会にこんな風に役に立てるんだな。
お金があれば、困っている人をこんな風に救えるんだな。
お金があれば、より住みやすい場所を作ることができるんだな。
そんな風に、一歩も二歩も高い場所から「お金」のことを受け止められるようになるのが、奉仕社会の最大のメリットです。
それを制度という形に変えて「歓迎」しているのが、アメリカ社会。
強欲で、わがままで、短気で、血の気が多くて、文句ばっかり言って、人のことに口出して、など、あまり良いイメージで語られないところがあるアメリカ人ですが(苦笑)、確かに激しい格差があって、サバイバルという点では厳しさはあるのでしょうけれど、同時に、寛容さ、寛大さ、奉仕の精神もたっぷり持ち合わせています。
先日、日曜の朝、カフェでブランチをしていたら、その向かいの通りに、ダンボールを広げて座るホームレスの方がいました。
バックパックを抱えたジーンズ姿の青年が、そこを通りました。
そしてふと立ち止まり、財布から数枚の紙幣をつかみ、ホームレスに手渡したのです。
器を置いて物乞いをしているわけでもなかった彼は、驚いた風に見上げていましたが、青年は、そのまま普通に歩き去りました。
私以外に、誰も、その光景は見ていませんでしたが、彼はきっと、こういうことを何度もしているんだろうな、と分かる、さりげなさでした。
ふわふわと豊かにふくらんだ甘いパンケーキを口に運びながら、暖かい気持ちになりました。
とくに意味はないのですが、青年の心の持ち方に刺激を受けて、店のチップをいつもよりもずいぶんと余計に払いました。
お金とは、こうやって、「循環」させていくものだ、と、アメリカにいると、ことあるごとに教えてもらっている気がします。
いわゆるお金本などを読んでいると、ほとんどすべてのものに、「まずは出すこと」=「寄付」の重要性が書かれていますよね。
さて、皆さん、年末は何に寄付をしましょうか?
そもそも、寄付をしたい「対象」があなたにはありますか?
その辺から、ライフプランとか、人生のミッションとかを考えてみると、わかりやすいかもしれませんね。