日本在住のクライアントSさんとのセッションで、彼がどうしても諦めきれないでいる、採算が取れていない事業の話になりました。
もう10年間も毎月50万円ずつ赤字を続けていて、幸い、他の事業がうまくいっているので、会社全体では黒字だけれども、これでは精神的にも辛いし、社員もやりがいを感じることができないようだとおっしゃいます。
10年も赤字で、優秀な経営者であるSさんが必死に取り組んでダメだったものをこれ以上、投資して続けても仕方がないのではないか。しかも、その事業と他の事業との関わりはまったくなく、会社としての効率も著しく悪い。
でも、彼はどうしても諦めきれない。
そこのテコ入れとして、こんな投資案件があるのだけれど、それを進めるべきかどうか。周囲は皆、反対しているのに、自分はなんとかして進める方法はないかと借金までしようと走り回っている…。
その事業とは、若い女性をターゲット層とした美容系のもので、彼の他の高級路線の飲食事業とはまったく相乗効果がないものです。
頭を抱える彼に、「美容がお好きですか?」と尋ねてみると、答えはNo。
ならば、なぜそこまでこだわるんですか?と訪ねると、
「若い女性を対象に、何か事業を成功させたいんですよ。それが成功できるまでは、諦めがつかなくて」とのお答えです。
「では、別にこの美容系の事業ではなくて、若い女性をターゲットにした飲食というのはどうなんですか?」と尋ねると、彼は、一瞬、ポカンと口を開けて驚いた表情をしました。
「そうですね…。なぜ、今までそこに考えが及ばなかったのでしょう…。」
つまり、彼のこだわりは、今までとは違う顧客層を対象とした事業を軌道に乗せ、より多角的に広げたいということであって、必ずしも、その美容系の店にこだわりがあるわけではない、ということが分かりました。
そしてそれは、幹部やブレーンがいつも彼に諭していたことでもあったとのこと。
「でも、あまりにも執着が大きくて、聞く耳を持てなかったんですね。第三者に冷静に聞かれて、今、初めて心の耳に届いた気がします。こだわっている場所が全然違いました。まったく別な角度から、考え直してみます。」
実際には1時間にも及ぶ議論の中から導き出された気づきではありましたが、とにかく無駄な投資に飛びつきそうになっていた彼に再考を促すことができて、私もホッとしました。
私たちも、きっと過去の暮らしの中で手に入らなくて残念だったものや、人と自分を比べて、ここが劣っていると思ったこと、憧れの人が手にしているものなど、他人から見たら「?」と思うようなものでも、どうしても手に入れたい!と執着心を持っていたりするものです。
それは、モノかもしれないし、人かもしれないし、状態かもしれません。
間違った執着から自分を解放し、本来は何を成し遂げたかったのかに視点を移しただけで、凝り固まった思考パターンはポロッと崩れていくことがあるという事例です。
あなたがいつもこだわっていることは、本当に大事なことですか?
それが大事だとしたらそれはなぜですか? それは、本当に「その形」でなくてはダメなことでしょうか?
ビジネス以外でも、何にでも当てはめて考えることができるはずです。胸に手を当てて、自分の心に正直になって考えてみてください。
長年の執着を手放すのは、逆に寂しく感じることもありますが、その後に、言いようのない開放感と幸福感が訪れるに違いありません。新しい機会もたくさん見えてくることに気づくでしょう。