最近、時折「ありのまま」批判をお見受けします。
僕は、「ありのまま」信奉者であり、「ありのまま」布教活動をしたいくらい大事なことだと思っているので、はて、なぜだろう?と思って、よーく聞いてみると、案の定、言葉の定義していることが違いました。
こういうことって、よくあります。人と人の行き違いって、言葉の意味の捉え方がまったく違うところから始まったりするんですよね。ある人は良い意味で使い、ある人は悪い意味で使う。そもそも違うことをさして使っていたりする。それじゃあ、話も咬み合わないし、心も通わない。そこをしっかりと見極めてからお話するのは大事ですね。
僕が「ありのまま」を使う時は、自分を否定せず、批判せず、そのままの自分を受け入れ、自らを愛し、リスペクトしていこうという意図で使っています。セルフラブ、セルフケア、自己受容。そんな文脈から出てくる言葉です。
誰かが決めた「こうでなければ」に自分を当てはめて、あれがダメ、ここがダメ、とマイナス点ばかりを数えていないで、プラスマイナス全部ひっくるめて自分だし、そんな自分を愛し、尊重し、大事に育ててあげようよということ。
何がありのままでいいのか、というと、存在そのもののことです。
あなたが持って生まれたもの。あなたがワクワク・ドキドキすること。あなたが好きなこと。あなたが生きたい人生。
そういう一切合切を含めた本来のあなたを受け入れて、「無条件に」愛しましょう、ということをセミナーでも話します。
(「セルフ・アップグレード成功術」では、あえてこういう「心」の部分は多く触れていません。今、開発中のオンライン講座では、この辺のワークも含めていこうと思います。)
対して、「ありのまま」否定派の方々は、今のままじゃダメだよ、ちゃんと自分を鍛えて、成長させていかないと、という意味合いで使っています。流行り言葉に乗って、そのまんま何もしなくていいと思ったら大間違いだぜ、って言う文脈。
そのまんまで良い訳がない。何も努力しないで成功できるほど、世の中、甘くない。人間、常に自分を成長させていかないとダメなんだ!と「ありのまま」を否定します。
しかし、彼らの話しているのは、僕がお話しているセルフ・アップグレードとまったく同じことですよね。ですから、言いたいこととしては一緒なのです。ただ、それって、「ありのまま」っていうか、「今のまま」ってことだと思うので、言葉の理解、用途としてはズレていますよね。
「Let it go」の日本語歌詞にある「ありのまま」も、今のまま、ってことじゃなくて、本来の自分、という「存在」のことを歌っているはずです。
NLPの概念では、人はすでに完璧な存在であり、どこかが故障したり、壊れたり、治すべき必要のある存在ではない、と教えます。僕の言う「ありのまま」は、そこにつながっています。
私はこういう人。私はこの人生で、このミッションを成し遂げたい。私は私らしい生き方を貫きたい。
それは、すべて「ありのまま」の自分に通ずるものです。
そこを否定して、借り物の人生を生きても仕方がない。あれが足りない、これを持っていない、と人と自分を比べる人生では、一生、幸せを感じることはないのです。
自分を尊重し、無条件に受け止められた人だけが、心から楽しんで、セルフ・アップグレードに向かっていくことができるのだと思います。
自分の持てる潜在能力を信じ、可能性を信じ、未来へ向けて今を生きる姿勢は、「ありのまま」の否定ではありません。今の自分を「更新」するような感覚です。
否定と更新とでは、まったく響きが違いますよね。
「ありのまま」の自分を受け入れることは大切です。そして、その上で、無限の可能性ある自分を、より大きな世界へと羽ばたかせてあげるために、アップグレードし続けていきましょう。
※上の写真は、本文とはとくに関係ございません(笑)。